東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)242号 判決 1985年3月12日
原告 南波隆 外一名
被告 特許庁長官
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 特許庁が昭和五二年審判第一三二七八号事件について昭和五七年九月七日にした審決を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告らは、原告らが実用新案登録を受ける権利を共有する、名称を「タクシー屋上表示灯」(後に、「タクシー屋上表示装置」と補正。)とする考案(以下「本願考案」という。)につき、昭和四八年一二月二八日実用新案登録出願(昭和四八年実用新案登録願第一四七七八九号)をしたが、昭和五二年七月二六日拒絶査定があつたので、同年一〇月一二日審判を請求し、昭和五二年審判第一三二七八号事件として審理された結果、昭和五七年九月七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一〇月二〇日原告らに送達された。
二 本願考案の要旨
タクシー屋上に、現在行われている経営者を示す表示灯と並んで、運転台からスイツチで点滅できる空車灯、回送灯及び方向補助灯を設置し、上記表示灯は一括してベルトに収容して、バネ仕掛で取付け取外しができるようにしたことを特徴とするタクシー屋上表示装置(別紙図面(一)参照)。
三 審決の理由の要点
1 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
2 ところで、特公昭二九―六五号特許公報(以下「第一引用例」という。)には、「タクシー屋根上に、経営者を示す表示灯と並んで、運転台から開閉器で点滅できる空車表示灯及び方向指示灯を設置したタクシーの不正防止装置」(別紙図面(二)参照)が、実公昭四六―三五七八八号実用新案公報(以下「第二引用例」という。)には、「自動車の天井板上にスキーハンガーをバネ仕掛で取付け取外しすることができる取付け装置」(別紙図面(三)参照)が、それぞれ記載されている。
そこで、本願考案と第一引用例記載の装置とを比較すると、第一引用例記載の装置における「タクシー屋根上」、「開閉器」、「空車表示灯」、「方向指示灯」及び「タクシーの不正防止装置」は、それぞれ、本願考案における「タクシー屋上」、「スイツチ」、「空車灯」、「方向補助灯」及び「タクシー屋上表示装置」に実質上相当するものと認められるから、両者は、次の<1>及び<2>の点において相違するが、その余の点において実質的に一致するものと認められる。
<1> 本願考案においては、経営者を示す表示灯と並んで回送灯が設置されているのに対して、第一引用例記載の装置においては、回送灯が設置されていないこと、
<2> 各表示灯が、本願考案においては、一括してベルトに収容され、バネ仕掛でタクシー屋上に取付け取外しができるのに対して、第一引用例記載の装置においては、どのようにしてタクシー屋上に設置されているか明らかでないこと。
3 よつて、右相違点について検討するに、まず相違点<1>については、タクシー等の交通機関において、車両を回送する場合にそれを表示することは従来普通に行われている事項であり、この点によつて格別の効果を生じるものとは認められないから、この相違点<1>は、当業技術者が必要に応じて適宜採用できる設計的事項にすぎない。
次に、相違点<2>については、自動車の屋上に表示灯を取付け取外しできるように設置することは、周知慣用の事項(例えば、実公昭四三―一九二〇五号、実公昭四三―一六三三三号、実公昭三九―一五五一九号各実用新案公報参照)であり、また、自動車の屋上にスキーハンガー等の物品をバネ仕掛により取付け取外しができるベルト状の取付け部材で設置することは、第二引用例に記載されているように公知の事項と認められる。しかも、この相違点によつても前記周知慣用の事項及び公知の事項の奏する効果を超える新たな効果を生じるものとは認められないから、この相違点<2>は当業技術者が格別の考案力を要することなく極めて容易に想到実施できるものと認められる。
そして、本願考案を全体的にみても、第一引用例及び第二引用例に記載された事項並びに前記周知慣用の事項から当業技術者が当然予測できる範囲を超える格別の作用効果を見出すことができない。
4 以上のとおり、本願考案は、第一引用例及び第二引用例に記載された事項に基づいて当業技術者が極めて容易に考案することができたものと認められるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。
四 審決を取消すべき事由
本願考案の目的は、タクシー利用者が乗車可能なタクシーを発見するのを容易にしてその便益を図り、もつて、タクシーの無用走行を少なくし、タクシー運用の効率化、明朗化に貢献し、結果的に、燃料油とタクシー運転者の労力を節約し、併せて、交通事故の防止に寄与することにあり、これらの目的を達成することによつて大きな社会的効用を生み出すものであるが、審決は、次の1のとおり、第一引用例記載の技術内容を誤認した結果、本願考案との相違点を看過誤認し、2のとおり、第二引用例及び周知例について、その目的等の相違を看過誤認して本願考案のいわゆる進歩性判断の資料とし、かつ、第二引用例記載の技術内容を誤認した結果、本願考案との相違点を看過誤認し、3のとおり、本願考案の奏する格別の効果を看過誤認したため、誤つて、本願考案は第一引用例及び第二引用例に記載された事項に基づいて当業技術者が極めて容易に考案することができたものであると判断したものであつて、違法であるから、取消されるべきである。
なお、本願考案は、その産業的、社会的効用により、運輸交通業という産業の発達に寄与するとともに、資源と労力の節約という国家的、社会的に重要な課題に貢献するものであるから、本願考案の実用新案登録を拒絶することは、「考案の保護及び利用を図ることにより、その考案を奨励し、もつて産業の発達に寄与する」という実用新案法第一条の立法目的に背馳するというべきである。
1 第一引用例記載の技術内容の誤認とこれに基づく相違点の看過誤認
審決は、次の(一)ないし(三)の各点において、第一引用例記載の技術内容を誤認し、その結果、第一引用例記載の装置と本願考案の相違点を看過誤認したものである。
なお、第一引用例記載の発明に係る特許権は存続期間が満了して既に一〇年を経過しており、しかも、実用化された例はほとんどないから、我が国の自動車をめぐる環境が大きく変化した現在、かかる第一引用例をもつて本願考案のいわゆる進歩性を否定することは、実用新案法の運用を誤るものという外はない。
(一) 各表示灯の配列
第一引用例記載の装置における空車表示灯及び方向指示灯は、経営者を示す表示灯(以下「経営者表示灯」という。)と「並んで」設置されていないのに、審決は、これらが「並んで」設置されていると誤認した。
(1) 本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載における「並んで」という用語は、技術上も法律上も、同一平面上の同一直線上に連なつている場合を意味する(同一平面上であつても、一つだけ離れて上段に位置する場合を含まない。)ものであり、本願考案における各表示灯は、すべてベルト上に一直線に連なつて収容されている。
これは、乗車可能なタクシーの発見を容易にし、もつて、タクシー運用の効率化に貢献するという目的を達成するには、各表示灯は、すべて前後左右から見易くする必要があり、そのためには、ベルト上に一直線に連ねて収容するのが優れているからである。
(2) これに対し、第一引用例記載の装置は、「メーターの不正使用及犯罪の防止寄与せしめんが為め案出したもの」(第一頁左欄発明の詳細なる説明第一行、第二行)であり、本願考案と目的を異にするが、そこにおいて、「並んで」設置されているのは、経営者表示灯以外の各表示灯だけであつて、経営者表示灯は、一段上位に位置するというべきである。
(二) 各表示灯の設置の仕方
第一引用例記載の装置における各表示灯は、タクシー屋上に固定されているものであるのに、審決は、これらがどのようにしてタクシー屋上に設置されているか明らかでないと誤認した。
(1) 本願考案における各表示灯は、一括してベルトに収容され、バネ仕掛でタクシー屋上に取付け取外しができるものである。
これは、タクシー業とハイヤー業を兼業している業者にとつて、自動車の総合的運用のうえで極めて便利である(なぜなら、ハイヤーが不足した場合、タクシー用の自動車の各表示灯を取外して臨時的にハイヤーの代用として使用できるから。)。
(2) これに対し、第一引用例記載の装置においては、各表示灯を設けた「表示筐体aを自動車の屋根上に装設する」(発明の詳細なる説明冒頭から第六行、第七行)として、「装設」という用語が使われているが、「装設」という用語は、通常、固定的に設置する場合を意味するものであり、第1図(特に、表示筐体の底部とタクシー屋上の接点部分)からも、表示筐体はタクシー屋上に固定されているものと認めざるをえず、タクシー屋上に固定されたものではないという判断が生ずる余地はない。
(三) 乗車表示灯の有無
第一引用例記載の装置においては、経営者表示灯、空車表示灯、方向指示灯以外に乗車表示灯が設置されているのに、審決は、第一引用例記載の技術内容の認定に当たり、乗車表示灯が設置されていることをことさら省略して認定した。
(1) 本願考案においては、乗車表示灯が設置されていない。
これは、タクシー屋上の表示灯は、その面積の関係上、必要不可欠のもののみを設置すべきであり、不必要なものはそれだけ必要なものの視認を妨げるおそれがあるので設置すべきではないところ、客が乗車中であるか否かはおおむね外部から確認できるので、乗車表示灯は、本願考案の目的達成のうえで不必要であり、必要不可欠な空車灯、回送灯、方向補助灯等の視認を妨げる無用有害なものとして、設置すべきではないからである。
(2) これに対し、第一引用例記載の装置においては、乗車表示灯が設置されているのに、審決は、この点を取り上げず、ことさら省略して認定した。
(3) 被告は、本願考案と関連して第一引用例を検討する場合には、乗車表示灯が設置されている点を考慮する必要はない旨主張するが、失当である。すなわち、第一に、本願考案と第一引用例記載の装置の相違点を挙げる場合、明らかに技術的に相違するものは、各表示灯相互間の関係の有無にかかわらず、すべて挙げなければ、技術的にも法律的にも誤りであるし、第二に、乗車表示灯は、前記のとおり本願考案の目的達成のうえで不必要であり、無用有害であるから、無用有害な乗車表示灯が設置されていないことは、これが設置されている第一引用例記載の装置に比べて、本願考案がこの面ではるかにいわゆる進歩性のあることを示すものである。
2 第二引用例及び周知例
(一) 第二引用例及び周知例記載の装置と本願考案との目的、効用、技術分野(対象)、構成の相違の看過誤認
第二引用例及び周知例記載の装置は、目的、効用、技術分野(対象)、構成において、本願考案と相違するものであるのに、審決は、このことを看過誤認していわゆる進歩性判断の資料とした。
(1) 本願考案の目的、効用は前記のとおりであり、また、単に、「表示灯を必要に応じて自動車の屋上に取付け取外しができるように設置する」という観念的、総体的なことを考案の要旨とするものではなく、各表示灯を収容したベルトを、バネ仕掛で、簡易、安全かつ確実にタクシー屋上に取付け取外しができるようにした装置を要旨とするものであつて、図面をもつてそのバネ仕掛の構造を示しているものである。
(2) これに対し、第二引用例記載の装置は、「スキーを自動車の天井板上に支承し運搬するさいに使用するスキーハンガーの取付け装置」(第一欄第二〇行ないし第二二行)である。
したがつて、第二引用例記載の装置は、本願考案とは、目的、効用を全く異にし、当然、実用新案法第一条にいう「物品の形状、構造又は組合せ」も大きく異なるものであつて、技術分野として無縁のものであり、自動車の屋上に物品を取付け取外しができるようにしたという観念的な面以外に共通点はない。
審決引用の周知例記載の装置も、いずれも、本願考案とは自動車の屋上に取付け取外しができるようにしたという観念的な面以外に共通点はなく、技術分野を異にするものである。
(3) 「自動車の屋上に物品を取付け取外しができるようにするという点で共通の目的、効用を有する」という被告の主張は、単に両者の観念的一面を主張するにとどまり、いかにして取付け、取外すかという実用新案法上の対象として本願考案が提示している技術的構造を無視するものである。第二引用例及び周知例記載の装置を、本願考案の取付け取外しの装置に代えてそのまま代用することは、絶対不可能である。
(二) 第二引用例記載の技術内容の誤認とこれに基づく相違点の看過誤認
更に、審決は、第二引用例記載の技術内容を誤認し、その結果、本願考案との相違点を看過誤認したものである。
(1) 本願考案は、「バネ仕掛」で、各表示灯を一括収容したベルトを取付け取外しができるようにしたものである。
(2) これに対し、第二引用例記載の装置における取付けの部分は、「バネ仕掛」ではなく、「スプリング仕掛」であるのに、審決は、「バネ仕掛」であると誤認した。
バネ仕掛とスプリング仕掛は、技術的に全く異なるものである。すなわち、元来、バネ仕掛は、通常金属の反動性を利用して物を固定する場合に使用するものであるが、スプリング仕掛は、通常ぜんまい状のスプリングの弾力性を利用して物を衝撃から保護するために使用するものである。また、スプリングとバネは、その構造原理も全く異なるものである。
3 本願考案の奏する格別の効果の看過誤認
本願考案は、次の(一)ないし(四)の各構成に基づき、第一引用例及び第二引用例並びに周知例記載の事項からは予測しえない格別の効果を奏するのに、審決は、この点を看過誤認したものである。
(一) 各表示灯の配列及び設置の仕方
本願考案は、経営者表示灯と「並んで」空車灯、回送灯、方向補助灯を一括してベルトに収容し、これをバネ仕掛によつて取付け取外しができるようにしたことにより、以下のような格別の効果を奏するものである。
(1) 本願考案では、前記1(一)(1)のとおり、各表示灯がすべてベルト上に一直線に連なつて収容されているから、前後左右から見易く、したがつて、特に乗車可能なタクシーの発見を容易にし、もつて、タクシー運用の効率化に貢献し、結果的に、燃料油とタクシー運転者の労力を節約することができる。
(2) 本願考案では、前記1(二)(1)のとおり、各表示灯は一括してベルトに収容され、バネ仕掛でタクシー屋上に取付け取外しができるから、タクシー業とハイヤー業を兼業している業者(主として地方都市)にとつて、自動車の総合的運用のうえで極めて便利である。
(二) 回送灯を設けたこと
本願考案は、回送灯を設けたこと(審決指摘の相違点<1>)により、以下のような格別の効果を奏するものである。
(1) すなわち、タクシーの回送中であるにもかかわらず、回送の表示を行つていないと、タクシー運転者は、いわゆる乗車拒否の嫌疑を受けることになり、法的責任に関係するから、回送の表示は是非とも必要なものであり(業界の要望も強い。)、本願考案では、回送灯を設けたことにより、タクシー運転者の法的責任を明確にしてタクシー利用者に疑念を抱かせないようにし、その利用関係を明朗化することができる。また、乗車可能なタクシーの発見を容易にすることもできる。
(2) なお、被告提出の乙第四号証ないし第六号証は、審判の段階では何ら言及されなかつたものであるから、これらを本件訴訟手続で新たに提出することは、過去の判例に照らしても違法である。
しかも、これらは、いずれも昭和三一年の出願公告に係る実用新案公報であり、当該実用新案権は存続期間が満了して既に一〇年以上を経過しており、かつ、その間実用化されたものはないし、本願考案とは、目的、構造を根本的に異にするものである。
(三) 乗車表示灯を設けなかつたこと
本願考案において乗車表示灯を意識的に設けなかつたことによる格別の効果は、前記1(三)の(1)及び(3)のとおりである。
(四) 左右の方向補助灯の間隔が広いこと等
本願考案は、左右の方向補助灯の間隔が広いこと等から、以下のような格別の効果を奏するものである。
(1) 現在、自動車の運転者は、進行方向を左右いずれかに変更する場合、交通事故防止のため予め後続車に確知させるべく、車体後部に設置された方向指示灯を作動させることが義務づけられているが、この方向指示灯は、その位置の関係で直近後続車以外には視認が困難である。自動車が急増した今日、左折、右折をする交差点で多数の自動車が列をなして(数列に及ぶこともある。)停止する場合はなおさらのことである。
こうした状況から、本願考案は考案されたものであるが、車体後部の方向指示灯と連動して、直近後続車以外の自動車にも進行方向を予知させる機能を持つ方向補助灯を車体屋上に設けるものであるから、それは、前後左右から(同方向に進行する車からも)視認し易く、かつ、視認した他の車が右か左かの判断に迷わないよう、左右両端に近く位置することが必要である。
(2) ところが、第一引用例記載の装置においては、経営者表示灯を上段に置き、その下に三個の各表示灯を並べて収容し、その三個の各表示灯の左右に方向指示(補助)灯を設置しているから、方向指示(補助)灯は、左右の間隔が狭く、いきおい車体の中央線に近く位置せざるをえない。また、各表示灯は表示筐体に収容されているので、横、斜後方を同方向に進行中の車から見えにくい場合が生ずるのは避け難い。
(3) これに対し、本願考案においては、方向補助灯は、少なくとも五個の表示灯(別紙図面(一)第1図参照)を挟んでその両側に設けられるから、いきおい左右の間隔が広く、ベルトの左右両端すなわち車体屋上の左右両端に設けられることも可能である。また、各表示灯がベルト上に一列に設置されているので、前後左右から極めて見易い。
したがつて、本願考案における方向補助灯は、直近後続車にとつても、横、斜後方を同方向に進行中の車にとつても、方向補助灯として利用価値の高いことは当然である。特に、直近後続車以外の車に対しては、第一引用例記載の装置における方向指示(補助)灯は不適であり、この点、本願考案の方がはるかに交通事故の防止に役立ち、いわゆる進歩性があるというべきである。
(4) 被告は、左右の方向補助灯の間隔が広いことは、本願考案の必須の構成要件とは何ら関係のない事項であると主張するが、各表示灯の大きさは、外部から視認して識別できる大きさで足りるものとして技術常識的におのずから決定されるものであり、表示灯の個数も、明細書の記載や図面からおのずから特定されるものである。そして、前記のとおり、本願考案における表示灯は五個であり、第一引用例記載の装置における表示灯(経営者表示を除く。)は三個であるから、左右の方向補助灯の間隔の広いことが本願考案の必須の構成要件と関係のあることは当然である。
第三被告の答弁
一 請求の原因一ないし三の各事実は認める。
二 請求の原因四の審決を取消すべき事由についての主張は争う。
以下のとおり、審決には原告ら主張の誤認、看過はなく、本願考案は、第一引用例及び第二引用例に記載された事項に基づいて当業技術者が極めて容易に考案することができたものと認められるとした審決の判断に誤りはないから、これを取消すべき違法の点は存しない。
1 第一引用例記載の技術内容
以下のとおり、第一引用例記載の技術内容についての審決の認定に誤りはなく、したがつて、本願考案との相違点の看過誤認も存しない。
(一) 各表示灯の配列
「並んで」という用語は、同一平面上に連なることを意味するものである。
第一引用例記載の装置においても、空車表示灯及び方向指示灯が経営者表示灯と同一平面上に上下に連なつているから、審決がこの状態を「並んで」と認定した点に誤りはない。
(二) 各表示灯の設置の仕方
第一引用例の「表示筐体aを自動車の屋根上に装設する」という記載における「装設」という用語は、どのように設置するか必ずしも明確に表しておらず、また、図面にもこの点が明示されていないから、第一引用例の記載のみでは、各表示灯がタクシー屋上に取付け取外しができるように設置されているか否か、明らかでない。
したがつて、第一引用例記載の装置においては、各表示灯がどのようにして設置されているか明らかでないといわざるをえず、この点についての審決の認定に誤りはない。
(三) 乗車表示灯の有無
第一引用例には、経営者表示灯、空車表示灯、方向指示灯及び乗車表示灯を設置することが記載されているが、これらの各表示灯は、それぞれが、経営者、空車状態、旋回方向及び乗車状態を相互に独立して表示するものであつて、各表示灯相互間に格別の関係はないものである。そして、本願考案は、乗車表示灯の設置を必須の構成要件としておらず、乗車表示灯の有無を問題にする必要がないものであるから、本願考案と関連して第一引用例を検討する場合には、乗車表示灯が設置されている点を考慮する必要はない。
したがつて、審決が、第一引用例記載の技術内容の認定に当たり、乗車表示灯が設置されていることを省略した点に誤りはない。
2 第二引用例及び周知例
(一) 第二引用例及び周知例記載の装置と本願考案の目的、効用、技術分野(対象)、構成
第二引用例記載の装置は、スキーハンガーの取付け装置に関するものではあるが、自動車の屋上に物品(スキーハンガー)をバネ仕掛で取付け取外しができるようにした構成について開示したものであり、また、表示灯を必要に応じて自動車の屋上に取付け取外しができるように設置することは、審決において周知例を示して説示したように周知慣用の事項である。そして、本願考案は、タクシー屋上に表示灯を取付け取外しができるようにするために、バネ仕掛をその構成要件としているから、本願考案と第二引用例記載の装置は、自動車の屋上に物品を取付け取外しができるようにするという点で共通の目的、効用を有するとともに、自動車の屋上への物品の取付け装置である点において共通の技術分野に属する(対象が同じ。)ものである。
したがつて、審決が、第二引用例を自動車の屋上へ物品を取付け取外しができるように取付ける手段に関して引用し、いわゆる進歩性判断の資料とした点に誤りはない。
また、本願考案と周知例記載の装置は、自動車の屋上に表示灯を必要に応じて取付け取外しができるように設置する点で共通の目的、効用を有し、共通の技術分野に属する(対象が同じ。)ものであるから、同様に、審決が周知例をいわゆる進歩性判断の資料とした点に誤りはない。
(二) 第二引用例記載の技術内容
「スプリング」は英語であり、「バネ」は日本語であつて、文言上の違いはあるものの、これらが同じ機械部品を指すことは周知の事項であるから、「スプリング仕掛」と「バネ仕掛」は何ら相違するものではない。
したがつて、審決が、第二引用例記載の装置における取付けの部分を「バネ仕掛」と認定した点に誤りはない。
3 本願考案の奏する効果
審決が、本願考案について、第一引用例及び第二引用例に記載された事項並びに周知慣用の事項から当業技術者が当然予測できる範囲を超える格別の作用効果を見出すことができないとした点に誤りはない。
(一) 各表示灯の配列及び設置の仕方
(1) 空車表示灯及び方向指示(補助)灯が経営者表示灯と「並んで」いる点は、前記1(一)のとおり、第一引用例にも開示されているから、この点において本願考案と第一引用例記載の装置は構成上相違するものではなく、したがつて、その効果にも格別の差異があるものとは認められない。
(2) また、各表示灯が一括してベルトに収容され、バネ仕掛でタクシー屋上に取付け取外しができる点は、審決説示(相違点<2>についての検討箇所)のとおり、周知慣用の事項及び公知の事項(第二引用例記載の装置)の奏する効果を超える新たな効果を生じるものではなく、当業技者者が格別の考案力を要することなく極めて容易に想到実施できるものである。
(二) 回送灯を設けたこと
タクシー等の交通機関において回送灯を設けることは、審決説示(相違点<1>についての検討箇所)のとおり、当業技術者が必要に応じて適宜採用できる設計的事項にすぎず(乙第四号証ないし第六号証)、その効果も、回送灯本来の機能を超えるものではないから、格別のものではない。
(三) 乗車表示灯を設けなかつたこと及び左右の方向補助灯の間隔が広いこと等
乗車表示灯の有無に関して、また、経営者表示灯、空車灯、回送灯の大きさや個数などに関しては、実用新案登録請求の範囲の記載において何ら特定されていないから、乗車表示灯を設けなかつたこと、左右の方向補助灯の間隔が広いことは、いずれも、本願考案の必須の構成要件とは何ら関係のない事項であり、しかも、前記経営者表示灯、空車灯、回送灯の大きさや個数などを特定することは、本来、車両の大きさ、意匠的見地などから定めるべき設計的事項にすぎないものである。
したがつて、原告らの四3の(三)及び(四)の主張は、本願考案の必須の構成要件と何ら関係のない事項に基づくものであつて、明らかに当を得ない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願考案の要旨)及び同三(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、請求の原因四の審決を取消すべき事由の有無について、判断する。
1 本願考案は、右争いのない本願考案の要旨記載の構成からなるタクシー屋上表示装置に関するものであつて、成立に争いのない甲第二号証の一、二によれば、その目的は、(1)表示灯を一括してベルトに収容して、タクシー屋上に簡単に取付け取外しができるように設置することにより、タクシー用の自動車を臨時的にハイヤー用として使用できるようにし(一般に、ハイヤーは屋上に表示灯をつけない。)、(2)空車灯及び回送灯を右ベルトに収容することにより、タクシー利用者が乗車可能なタクシーを発見するのを容易にしてその便益を図り、もつて、タクシーの無用走行を少なくし、結果的に、燃料油を節約し、(3)方向補助灯を右ベルトに収容することにより、後方の車から進路を確認するのを容易にして交通事故の防止に役立てることにあり(原告らが審決を取消すべき事由の冒頭において本願考案の目的として主張するところは、概ね右(2)及び(3)と一致する。)、その目的を達成することを効果とするものであることが認められる。
一方、成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例には、「タクシー屋根上に、経営者表示灯と『並んで』(この点については、後記2(一)で詳細説示するとおりである。)、運転台から開閉器で点滅できる空車表示灯及び方向指示灯(を一括収容した表示筐体)を設置したタクシーの不正防止装置が記載されていること、その装置の目的は、タクシーにおけるメーターの不正使用(及び犯罪)の防止に寄与することにあり(第一頁左欄発明の詳細なる説明第一行、第二行)、「乗空車表示部を有し且各表示部に表示灯を設けてなる表示筐体を自動車の屋根上に装設せしむると共に各表示灯をメーターの旗杆に関連して作動せらるる乗空車表示用開閉器を介して電池に接続せしめたるを以て乗空車の表示を明確ならしめ得ると共にメーターの使用状態を一目瞭然たらしめ得てメーターの不正使用の監視を容易ならしめ従つてメーターの不正使用を防止し得る」(同頁右欄下から第七行ないし第二頁左欄第二行)という効果を奏するものであることが認められ、そして、審決認定のとおり、第一引用例記載の装置における「タクシー屋根上」、「開閉器」、「空車表示灯」、「方向指示灯」及び「タクシーの不正防止装置」は、それぞれ、本願考案における「タクシー屋上」、「スイツチ」、「空車灯」、「方向補助灯」及び「タクシー屋上表示装置」と実質的に同一であることが明らかである。
2 しかして、審決を取消すべき事由について、原告らの主張に従い、以下順次検討するに、まず、原告らは、審決は、三点において第一引用例記載の技術内容を誤認し、その結果、第一引用例記載の装置と本願考案の相違点を看過誤認したと主張する。
(一) (各表示灯の配列について)
原告らは、審決は第一引用例記載の装置における空車表示灯及び方向指示灯が経営者表示灯と「並んで」設置されていると誤認したとする理由として、本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載における「並んで」という用語は、技術上も法律上も、同一平面上の同一直線上に連なつている場合を意味する(本願考案における各表示灯は、すべてベルト上に一直線に連なつて収容されている。)から、第一引用例記載の装置においては、「並んで」設置されているのは、経営者表示灯以外の各表示灯だけであつて、経営者表示灯は、一段上位に位置するというべきであり、「並んで」とはいわない旨主張する。
前掲甲第二号証の一、二及び第五号証によれば、本願考案の実施例を示す図面には、各表示灯がすべて同一平面上の同一直線上に連なつているものが示されているのに対し、第一引用例記載の装置では、各表示灯はすべて同一平面上にあるものの、経営者表示灯はそれ以外の各表示灯より一段上位に位置していることが認められる。しかしながら、一般に、「並ぶ」という用語は、同一平面上の同一直線上に連なつている場合を指すことが多いであろうが、必ずしも同一直線上に連なつている場合に限定されるものではないところ、前掲甲第二号証の一、二によれば、本願考案の実用新案登録請求の範囲には、「タクシー屋上に、現在行なわれている経営者を示す表示灯と並んで、運転台からスイツチで点滅できる空車灯、回送灯及び方向補助灯を設置し、上記表示灯は一括してベルトに収容して、バネ仕掛で取り付け取りはずしができるようにした」と記載されているだけであつて、明細書の考案の詳細な説明には、右「並んで」という用語の意義についての説明がないことはもちろん、「並んで」という用語自体一切表われないことが認められ、そして、「表示灯は一括してベルトに収容して」とはいつても、ベルトすなわち帯ないし帯状のもの自体に直接各表示灯を収容するということは不可能であつて、結局は、その実施例の図面に示されているように、各表示灯を枠体、枠組ないしはこれに類似するものに収容して、その枠体等をベルトに取付けることにせざるをえないし、更に、本願考案の前記目的に照らして、各表示灯が同一平面上の同一直線上に連なつていなければならない理由もなく、各表示灯が同一平面上の同一直線上に連なつていなければ、本願考案の前記効果を奏しえないというわけでもないことが明らかであるから、本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載における「並んで」という用語は、少なくとも、前示のとおり、経営者表示灯が一段上位に位置しているとはいうものの、各表示灯がすべて同一平面上にある第一引用例記載の装置における各表示灯の配列状態を含むものといわなければならない。
したがつて、審決が、第一引用例記載の装置について、空車表示灯及び方向指示灯が経営者表示灯と「並んで」設置されていると認定した点に誤りはない。
仮に、本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載における「並んで」という用語は、同一平面上の同一直線上に連なつている場合に限定され、したがつて、審決が第一引用例記載の装置における空車表示灯及び方向指示灯が経営者表示灯と「並んで」設置されているとした点に誤認があるとしても、第一引用例記載の装置における各表示灯の配列を、本願考案におけるように同一平面上の同一直線上に連なつている配列にすることは、当業技術者の極めて容易に想到しうるところであるから、右誤認は、結論に影響を及ぼさないものとして、審決を取消すべき事由とはなりえないといわなければならない。
なお、この点に関連して、原告らは、第一引用例記載の装置は、本願考案と目的を異にすると主張するが、本願考案の目的は、前記1説示のとおりであつて、その(2)及び(3)は、遡れば、要するに、空車及び回送の表示並びに車の進行方向を示す表示を、タクシー屋上に各表示灯を設置する手段により、前後左右、遠方から見え易くするということに帰するものであり、これからいわば第二次的に、(2)及び(3)という具体的な目的が派生するというにすぎないところ、第一引用例記載の装置の目的は、前記のとおり、タクシーにおけるメーターの不正使用の防止に寄与することとはいつても、それは第二次的、派生的なものであつて、遡れば、要するに、「乗空車の表示を明確ならしめ」、「メーターの使用状態を一目瞭然たらしめ」ること、すなわち、乗車及び空車の表示を、タクシー屋上に各表示灯を設置する手段により、前後左右、遠方から見え易くするということに帰するものであり、その方向指示灯の目的も、その機能からして、車の進行方向を示す表示を、右と同様に見え易くするためにあることは当然であるから、両者は、各表示灯の種類に一部相違があるものの、要するに、タクシーにとつて必要な表示を、タクシー屋上に表示灯を設置する手段により、前後左右、遠方から見え易くするという目的において同じであり、同じ技術分野に属するものといわなければならない(本願考案の目的(1)の点については差異があるが、この点は、タクシー屋上表示装置として本質的なものではなく、両者の技術分野を異ならせるものではない。)。
(二) (各表示灯の設置の仕方について)
原告らは、第一引用例記載の装置における各表示灯は、タクシー屋上に固定されているものであるのに、審決は、これらがどのようにしてタクシー屋上に設置されているか明らかでないと誤認したと主張する。
前掲甲第五号証によれば、第一引用例には、各表示灯を設けた「表示筐体を自動車の屋根上に装設する」(特許請求の範囲及び第一頁左欄発明の詳細なる説明第六行、第七行、同頁右欄下から第六行、第五行)という記載のあることが認められるところ、本件全証拠によるも、「装設」という用語が原告ら主張のように固定的に設置する場合に限定して使われるものとは認められず、その発明の詳細なる説明及び図面(特に、第1図の表示筐体の底部とタクシーの屋上の接点部分)を検討しても、その表示筐体がタクシー屋上に固定的に設置されているかどうかは必ずしも明らかでない(第1図においては、表示筐体中の各表示灯からタクシー屋上を貫通する配線が示されているが、これは、電気の分野において通常用いられる概念図とでもいうべきものであつて、これが実際の配線の具体的な構造をそのまま示しているものでないことは明らかである。なお、付言すれば、逆に、本願考案は、「運転台からスイツチで点滅できる各表示灯を一括してベルトに収容して、バネ仕掛で取付け取外しができるようにした」といいながら、その明細書及び図面には、具体的にいかなる配線によりこれを実現するかは、全く記載されていない。)。
したがつて、審決が、第一引用例記載の装置においては、各表示灯がどのようにして設置されているか明らかでないとした点に誤りはない。
のみならず、仮に、第一引用例記載の装置の各表示灯を設けた表示筐体はタクシー屋上に固定されているものであり、したがつて、審決にこの点の誤認があるとしても、審決は、第一引用例記載の装置における各表示灯はタクシー屋上に取付け取外しができるように設置されていると認定したわけではなく、第一引用例記載の装置においてはどのようにして設置されているか明らかでないとして、本願考案との相違点<2>として把え、この相違点<2>について、第二引用例記載の装置及び周知慣用の事項から当業技術者が格別の考案力を要することなく極めて容易に想到実施できるものとした(この判断の正当であることは、後記3の説示から明らかである。)のであつて、すなわち、第一引用例記載の装置における各表示灯はタクシー屋上に固定されているものであると認定した場合と同じ理由づけ(論理構成)により、相違点<2>についての本願考案のいわゆる進歩性を否定したものであるから、審決の右誤認は、結論に影響を及ぼさないものとして、審決を取消すべき事由とはなりえないといわなければならない。
(三) (乗車表示灯の有無について)
原告らは、本願考案は乗車表示灯を設けないことを必須の構成要件とするものであることを前提に、第一引用例記載の装置においては、経営者表示灯、空車表示灯、方向指示灯以外に乗車表示灯が設置されているのに、審決は、第一引用例記載の技術内容の認定に当たり、乗車表示灯が設置されていることをことさら省略して認定した(のは誤りである)と主張する。
前掲甲第二号証の一、二によれば、本願考案の実施例を示す図面には、経営者表示灯、空車灯、回送灯、方向補助灯が設置されたもののみが示されていることが認められるが、前記争いのない本願考案の要旨は、実用新案登録請求の範囲の記載のとおりであつて、そこには、乗車表示灯については何ら記載されておらず、もとより、乗車表示灯を設けない旨が積極的に記載されているものでないことが明らかであり、原告らは乗車表示灯を設けないことによる効果を主張するものの、明細書には、乗車表示灯を設けないことないしはそのことによる効果は全く記載されておらず、乗車表示灯を設置すれば本願考案の目的を達成しえず、効果を奏しえなくなるとの事実も認められないから、本願考案は、乗車表示灯を設けないことを必須の構成要件とするものとは認められず、乗車表示灯の有無は本願考案の要旨とは関係がないものといわなければならない。一方、前掲甲第五号証によれば、第一引用例記載の装置においては、経営者表示灯、空車表示灯、方向指示灯以外に乗車表示灯が設置されていることが認められるが、これらの各表示灯は、相互に切離し難く結びついて何らかの表示をするものではなく、それぞれ、経営者、空車状態、旋回方向ないし進路及び乗車状態を相互に独立して表示するものであつて、各表示灯相互間に格別の関係はないものである。
したがつて、本願考案との対比のために、第一引用例記載の技術内容を認定する場合には、本願考案の要旨とは関係のない乗車表示灯の有無を問題にする必要がないから、審決が、第一引用例記載の技術内容の認定に当たり、乗車表示灯が設置されていることを省略した点に誤りはないというべきである。
原告らは、本願考案と第一引用例記載の装置の相違点を挙げる場合、明らかに技術的に相違するものは、各表示灯相互間の関係の有無にかかわらず、すべて挙げなければ、技術的にも法律的にも誤りであると主張するが、一般に、いわゆる引用例記載の技術内容の認定に当たつては、問題となつている考案との対比に必要な限度で引用例記載の技術内容を認定すれば足りることはいうまでもないことであり、本件においては、乗車表示灯の有無の認定が本願考案との対比に必要でないことは前示のところから明らかであるから、右主張は失当である。また、無用有害な乗車表示灯が設置されていないことは、これが設置されている第一引用例記載の装置に比べて、本願考案がこの面ではるかにいわゆる進歩性のあることを示すものである旨主張するが、本願考案が乗車表示灯を設けないことを必須の構成要件とするものでないことは前示のとおりであるから、このことを前提とする右主張もまた失当である。
(四) 右のとおり、審決には、第一引用例記載の技術内容について原告主張の誤認はなく、したがつて、第一引用例記載の装置と本願考案の相違点の看過誤認は存しないものといわなければならない(あるいは、仮に、看過誤認があるとしても、審決の結論に影響を及ぼさないものとして、審決を取消すべき事由とはなりえない。)。
なお、原告らは、第一引用例記載の発明に係る特許権は存続期間が満了して既に一〇年を経過しており、しかも、実用化された例はほとんどないから、我が国の自動車をめぐる環境が大きく変化した現在、かかる第一引用例をもつて本願考案のいわゆる進歩性を否定することは、実用新案法の運用を誤るものという外はないと主張するが、仮に、第一引用例記載の発明に係る特許権の存続期間及び実用化について原告ら主張のとおりであるとしても、第一引用例が実用新案法第三条第一項第三号にいう、本願考案の「実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物」に該当することはいうまでもないことであるから、これをもつて本願考案のいわゆる進歩性を否定することは、同法の正当な適用でありこそすれ、何ら同法の運用を誤るものではない。
3(一) 次に、原告らは、第二引用例及び周知例記載の装置は、目的、効用、技術分野(対象)、構成において、本願考案と相違するものであるのに、審決は、このことを看過誤認していわゆる進歩性判断の資料としたと主張する。
成立に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例には、審決認定のとおり、自動車の屋上にスキーハンガーを「スプリング仕掛」(これが「バネ仕掛」と同様のものであることは後記(二)のとおりである。)により取付け取外しができるベルト状の取付け装置が、考案の詳細な説明等及び図面をもつて具体的に記載されていること、その装置の目的は、いかなる自動車に対しても調節作業を何ら必要とすることなく極めて簡単かつ迅速にスキーハンガーを自動車(の屋上)に取付けることができるようにすることにあり(第二欄第一〇行ないし第一七行)、そのとおりの効用を有することが認められ、したがつて、第二引用例記載の装置は、自動車の屋上に取付けるものがスキーハンガーであつて表示灯ではないものの、自動車の屋上に物品を簡単に取付け取外しができるようにする取付け装置である点において、本願考案と目的、効用を同じくし、同じ技術分野に属する(対象が同じ。)ものであつて、その構成も、ベルト状の取付け装置をバネ仕掛で取付けるものであつて同一である(同号証及び前掲甲第二号証の一、二によれば、その取付けの具体的方法も、第二引用例記載の装置と図面に示される本願考案の実施例とは、天井板の左右両側の折曲げ縁部に、ベルトの鈎形に形成された両端部分を引掛け、バネの復元せんとする力を利用して取付けるものである点において同一であると認められる。)。
原告らは、本願考案は、単に、「表示灯を必要に応じて自動車の屋上に取付け取外しができるように設置する」という観念的、総体的なことを考案の要旨とするものではなく、各表示灯を収容したベルトを、バネ仕掛で、簡易、安全かつ確実にタクシー屋上に取付け取外しができるようにした装置を要旨とし、図面をもつてそのバネ仕掛の構造を示しているのであつて、第二引用例記載の装置は、本願考案とは、自動車の屋上に物品を取付け取外しができるようにしたという観念的な面以外に共通点はない旨主張するが、第二引用例にも、単に、自動車の屋上に物品を取付け取外しができるようにしたという観念的、抽象的な技術的思想のみが示されているのではなく、前示のとおり、自動車の屋上にスキーハンガーをバネ仕掛により取付け取外しができるベルト状の取付け装置が考案の詳細な説明等及び図面をもつて具体的に示されていて、本願考案と目的、効用を同じくし、同じ技術分野に属する(対象が同じ。)ものであつて、その構成も同一なのである(本願考案の実施例では、その取付けの具体的方法まで、第二引用例記載の装置と同一である。)から、右主張は到底採用の限りでない。
また、成立に争いのない甲第七号証の一ないし三及び乙第一号証ないし第三号証によれば、審決認定のとおり、自動車の屋上に表示灯を取付け取外しができるように設置することが、本願考案の出願前、周知慣用の事項であつたことが認められ、具体的には、審決引用の各周知例には、自動車の屋上に表示灯を吸盤又は磁石によつて取付け取外しができるように設置する装置が、考案の詳細な説明等及び図面をもつて具体的に記載されていることが認められるから、これら周知例記載の装置は、自動車の屋上に表示灯を取付け取外しができるように設置する装置である点において、本願考案と目的、効用を同じくし、同じ技術分野に属する(対象が同じ。)ものであるといわなければならず、原告ら主張のように本願考案とは自動車の屋上に取付け取外しができるようにしたという観念的な面以外に共通点はないということはできない。もつとも、自動車の屋上への具体的な設置の手段が本願考案とは異なるが、周知例は、自動車の屋上に表示灯を取付け取外しができるように設置することが周知慣用の事項であることを示すためのものであるから、周知例が、右のとおり本願考案と目的、効用を同じくし、同じ技術分野に属するものである以上、審決が誤りであるとすることはできない。
したがつて、審決は、第二引用例及び周知例記載の装置について、目的、効用、技術分野(対象)、構成における本願考案との相違点を看過したものとはいえず(いかにして取付け、取外すかという実用新案法上の対象として本願考案が提示している技術的構造を無視するものでもなく)、これらを本願考案のいわゆる進歩性判断の資料とした点に誤りはないというべきである。
(二) また、原告らは、「バネ仕掛」と「スプリング仕掛」は、技術的に全く異なるものであるとして、第二引用例記載の技術内容について、その取付けの部分は「バネ仕掛」ではなく、「スプリング仕掛」であるのに、審決は「バネ仕掛」であると誤認し、その結果、「バネ仕掛」の本願考案との相違点を看過誤認したものである旨主張するが、本願考案の「バネ仕掛」がその実施例の図面に具体的に示されているものに限定され、あるいは、本願考案の「バネ仕掛」及び第二引用例記載の装置における「スプリング仕掛」が、それぞれ原告ら主張のものに限定されるとする根拠はなく、バネとスプリングとは、前者が日本語、後者が英語であるという違いはあるものの、技術常識上同義のものであるから、審決が、第二引用例記載の装置における取付けの部分を「バネ仕掛」と認定した点に誤りはなく、したがつて、本願考案との相違点の看過誤認も存しないといわなければならない。
4 更に、原告らは、その主張の(一)ないし(四)の各構成に基づき、第一引用例及び第二引用例並びに周知例記載の事項からは予測しえない格別の効果を奏するのに、審決はこの点を看過誤認したものであると主張するので、順次検討する。
(一) (各表示灯の配列及び設置の仕方)
経営者表示灯と「並んで」空車灯、回送灯、方向補助灯を一括してベルトに収容し、これをバネ仕掛によつて取付け取外しができるようにしたことによる原告ら主張の本願考案の効果のうち、(1)の、各表示灯が前後左右から見易く、したがつて、特に乗車可能なタクシーの発見を容易にし、もつて、タクシー運用の効率化に貢献し、結果的に、燃料油とタクシー運転者の労力を節約することができるという効果についていえば、前記2(一)説示のとおり、本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載における「並んで」という用語が、少なくとも第一引用例記載の装置における各表示灯の配列状態を含むものであり、すなわち、第一引用例記載の装置においても、本願考案と同様に各表示灯が「並んで」設置されているものである以上、第一引用例記載の装置の奏する効果と同じといわなければならないし、仮に、第一引用例記載の装置においては、空車表示灯及び方向指示灯が経営者表示灯と「並んで」設置されているとはいえないとしても、本願考案との間で、その各表示灯の配列の仕方の相違により各表示灯の前後左右からの見易さに格別差があるものとは認められないから、この(1)の効果をもつて格別のものということはできない。
また、(2)の、各表示灯は一括してベルトに収容され、バネ仕掛でタクシー屋上に取付け取外しができるから、タクシー業とハイヤー業を兼業している業者(主として地方都市)にとつて、自動車の総合的運用のうえで極めて便利であるという効果についていえば、まず、各種の表示灯を一括してタクシー屋上の一つの部材(表示筐体)に収容することは、前記1のとおり第一引用例に示されており(なお、本願考案の各表示灯も、「一括してベルトに収容して」とはいつても、各表示灯を収容した枠体等をベルトに取付けることにせざるをえないことは、前記2(一)のとおりである。)、そして、自動車の屋上に表示灯を取付け取外しができるように設置することが、本願考案の出願前、周知慣用の事項であつたこと、及び、そのような設置の手段として、バネ仕掛により取付け取外しができるベルト状の取付け装置を用いることが第二引用例に示されていることは、前記3(一)のとおりであるから、この(2)の効果は、右の第一引用例及び第二引用例に記載された事項並びに周知慣用の事項を単に寄せ集めたものにすぎず、結局、これらの事項から当業技術者の極めて容易に予測しうる域を出ないものといわなければならない。
(二) (回送灯を用いたこと)
回送灯を設けたことにより、タクシー運転者の法的責任を明確にしてタクシー利用者に疑念を抱かせないようにし、その利用関係を明朗化することができ、また、乗車可能なタクシーの発見を容易にすることができるという原告ら主張の効果についていえば、成立に争いのない乙第四号証ないし第六号証によれば、タクシーにおいて回送灯を設けることは、本願考案の出願前から普通に行われている周知慣用の事項であると認められ、そして、右効果は、要するに、回送灯が回送中であることを表示するという本来の機能を発揮することに尽き(タクシー運転者の法的責任を明確にするなどのことは、すべてその結果である。)、それを超えるものではないから、本願考案の右効果をもつて格別のものということはできない。
なお、原告らは、被告提出の乙第四号証ないし第六号証は、審判の段階では何ら言及されなかつたものであるから、これらを本件訴訟手続で新たに提出することは違法である旨主張するところ、特許庁のした審決の取消しを求める訴訟においては、審判手続において表れなかつた資料を新たに証拠として提出することは原則として許されないが、いかなる例外もなく絶対に許されないというわけではなく、例えば、当業技術者にとつては、刊行物をいちいち挙げるまでもないほどの周知慣用の事項について、審決取消訴訟の段階で、これを立証するために補充的に新たな資料を提出することは許される(本件はこの場合に当たると認められる。)から、右主張は失当である。
(三) (乗車表示灯を設けなかつたこと)
原告らは、本願考案は乗車表示灯を意識的に設けなかつたことにより格別の効果を奏する旨主張するが、本願考案は乗車表示灯を設けないことを必須の構成要件とするものとは認められず、乗車表示灯の有無は本願考案の要旨とは関係がないこと前記2(三)のとおりであるから、右主張は、前提を欠き、失当であること明らかである。
(四) (左右の方向補助灯の間隔が広いこと等)
原告らは、車体屋上に設けられる方向補助灯は、前後左右から(同方向に進行する車からも)視認し易く、かつ、視認した他の車が右か左かの判断に迷わないよう、左右両端に近く位置することが必要であるところ、第一引用例記載の装置においては、経営者表示灯を上段に置き、その下に三個の各表示灯を並べて収容し、その三個の各表示灯の左右に方向指示(補助)灯を設置しているから、方向指示(補助)灯は、左右の間隔が狭く、いきおい車体の中央線に近く位置せざるをえないのに対し、本願考案においては、方向補助灯は、少なくとも五個の表示灯(別紙図面(一)第1図参照)を狭んでその両側に設けられるから、いきおい左右の間隔が広く、ベルトの左右両端すなわち車体屋上の左右両端に設けることも可能である旨主張する。
しかしながら、前掲甲第二号証の一、二によれば、本願考案の実施例の図面には、中央に一つの経営者表示灯、その左右に空車灯、更にその左右に回送灯が設けられ、以上五個の各表示灯を挟んで一番外側左右に方向補助灯が設けられているものが示されているものの、実用新案登録請求の範囲には、各表示灯の個数について特定する記載はないことが認められ、もとより、右図面のとおりの個数に限定されるとする根拠は存しない(空車灯、回送灯は各二個以上でなければならない理由はなく、各一個であるものも含まれる。)し、左右の方向補助灯の間隔は、各表示灯の大きさにも関係するものであるから、表示灯の個数を比較して論ずることは意味のないことであり、本願考案の方が、第一引用例記載の装置より左右の方向補助灯の間隔が当然に広くなるということは到底いえず、右主張は失当たるを免れない(各表示灯の大きさは、外部から視認して識別できる大きさで足りるものとして技術常識的に自ら決定されるものであり、表示灯の個数も、明細書の記載や図面から自ら特定されるものであるとする原告らの主張の理由のないことは、叙上の説示から明らかである。)。
また、原告らは、第一引用例記載の装置においては、各表示灯は表示筐体に収容されているので、横、斜後方を同方向に進行中の車から見えにくい場合が生ずるのは避け難いのに対し、本願考案においては、各表示灯がベルト上に一列に設置されているので、前後左右から極めて見易い旨主張するが、本願考案と第一引用例記載の装置とで各表示灯の見易さに格別差があるものとは認められず、右主張もまた失当たるを免れない。
(五) 右のとおり、本願考案の奏する格別の効果として原告らの主張するところは、もともと、本願考案の要旨とは関係がない、本願考案そのものの効果とはいえないものであるか、第一引用例及び第二引用例に記載された事項並びに周知慣用の事項から当業技術者の極めて容易に予測しうる域を出ないものであるから、結局、審決が、本願考案を全体的にみても、右各事項から当業技術者が当然予測できる範囲を超える格別の作用効果を見出すことができないとした点に誤りはないものといわなければならない。
5 以上のとおり、原告ら主張の審決を取消すべき事由について検討したところによれば、審決には、原告ら主張の誤認、看過はなく、本願考案は、第一引用例及び第二引用例に記載された事項に基づいて当業技術者が極めて容易に考案することができたものと認めるとした審決の判断に誤りはないから、これを取消すべき違法の点は存しないものといわなければならない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋吉稔弘 竹田稔 水野武)
別紙
図面(一)
第1図
第2図
第3図
図面(二)
第1図
図面(三)